映画『国宝』感想・キャスト・あらすじ・裏話解説|吉沢亮と横浜流星が挑む狂気の世界と呪いの物語

はじめに|「美」とは、時に人を狂わせる
小説家・吉田修一の傑作長編を、李相日監督が重厚かつ繊細に映像化した映画『国宝』。
歌舞伎の世界を舞台に、「芸」に人生のすべてを捧げた男の壮絶な軌跡を描いた本作は、見る者に美しさの裏側にある狂気と孤独を突きつけます。
本記事では、劇場鑑賞を経て得られた感想とともに、物語の根底に流れるテーマを読み解き、さらに作品の裏側に迫る制作トリビアも併せてご紹介します。
作品概要
- タイトル:国宝
- 公開日:2025年6月6日(全国公開)
- 監督:李相日(『悪人』『怒り』)
- 原作:吉田修一『国宝』(新潮社)
- 脚本:李相日
- 制作:東宝、アスミック・エース、CREDEUS 他
あらすじ
戦後から高度成長期の日本。任侠の一門に生まれた少年・立花喜久雄(吉沢亮)は、父を抗争で失い、歌舞伎名門・花井家に引き取られる。そこで生まれながらの御曹司・大垣俊介(横浜流星)と出会い、血筋と才能をめぐる宿命が絡み合う。才能と努力に身を捧げた二人が、芸に青春を燃やし、友情と確執の果てに“国宝”と呼ばれるまでの50年を描く。
登場人物・キャスト
- 立花喜久雄/花井東一郎(演:吉沢亮)
任侠出身の少年。歌舞伎界に迎えられ、“稀代の女形”として圧倒的な才能を開花させる。幼少期は黒川想矢が演じる。 - 大垣俊介/花井半弥(演:横浜流星)
歌舞伎名門・花井家の御曹司。喜久雄の親友かつライバル。少年期は越山敬達が演じる。 - 花井半二郎(演:渡辺謙)
花井家の当主で俊介の父。喜久雄を後見し、彼の才能を見出す歌舞伎の重鎮。 - 福田春江(演:高畑充希)
喜久雄の幼馴染で恋人。長崎から大阪へ付き添い、スナックで働きながら彼を支える。 - 大垣幸子(演:寺島しのぶ)
花井家の母で俊介の母親。最初は喜久雄に反発するが、やがてその才能を認めて育てる。 - 彰子(演:森七菜)
歌舞伎役者・吾妻千五郎の娘。喜久雄に憧れ、兄のように慕う。 - 竹野(演:三浦貴大)
花井家の興行を支える若手社員。喜久雄と共に成長し、冷静な眼差しを持つ。 - 梅木(演:嶋田久作)
興行会社のトップで、喜久雄や俊介の芸を支える黒子の存在。 - 吾妻千五郎(演:中村雁治郎)
歌舞伎役者で彰子の父。 - 立花権五郎(演:永瀬正敏)
喜久雄の父。立花家の当主を務める。 - 小野川万菊(演:田中泯)
歌舞伎界のベテランとして劇中に登場。 - 少年時代の喜久雄/俊介(黒川想矢/越山敬達)
主人公二人の幼少期を演じ、それぞれ吹替えなしの舞台シーンで注目を集めた。
感想|これは“芸”に魅入られた男の悲劇だ
主演の吉沢亮が演じる喜久雄は、見た目の華やかさとは裏腹に、自己という輪郭を失い、芸に呑まれていく様を体現。
その眼差し、立ち姿、沈黙にさえ魂がこもっており、圧巻の存在感でした。
対する横浜流星演じる俊介の誠実で繊細な演技も見事。
自らの芸に悩みつつも、他者を支え続ける強さと優しさが滲み出ており、二人の演技のコントラストが観る者の胸を打ちます。
更には渡辺謙、田中泯などのベテラン俳優も圧倒的な存在感で狂気の世界を表現していました。
歌舞伎のシーンの緊張感が半端じゃなく、息をするのも忘れ終始鳥肌が立っていました。
クライマックスでは、舞台上の美と舞台裏の破綻が交錯し、言葉にならない感情が波のように押し寄せてきます。
全体に漂う「崇高さ」と「壊れかけた人間の危うさ」の共存が、この作品の最大の魅力です。
解説|「芸の道」を極めた者に訪れる、美と狂気の二重奏
天才であることの孤独
喜久雄は持って生まれた才能ゆえに、誰にも理解されない孤独と向き合うことになる。
彼が抱えるのは、芸を極める者にしか見えない風景、そしてその代償としての“人間性の喪失”。
「血」に縛られる者の苦悩
友幸の姿は、伝統を継承する者の重みと責任を体現している。
自由に生きられない者が、唯一“芸”の中でのみ自己を肯定できるという皮肉な構造。
観客という“呪い”
観客の目線、称賛、期待──それは芸を育てると同時に、演者の心をむしばむ毒にもなる。
「見られること」でしか自己を実感できない者たちの哀しさが、本作では鋭く描かれる。
裏話・制作トリビア|細部に宿る「本物」への執念
吉沢亮・横浜流星ともに長期歌舞伎訓練を敢行
撮影前から数か月間、実際の歌舞伎指導者のもとで所作・発声・立ち回りを徹底的に学習。
特に吉沢亮は「一瞬の目線で語る」表現にこだわり、実際の舞台役者からも高評価を得た。
舞台シーンはすべて実写・無CG
CGを一切使わず、歌舞伎座の舞台を忠実に再現。照明・音響・演出も実際の舞台演出家が監修。
李相日監督の緻密な演出哲学
「人間の空白を描く」というテーマのもと、余白のあるカットや長回しを多用。
観客に思考を委ねるような構図は、李監督ならではの美学を感じさせる。
原作者・吉田修一のコメントも話題に
「原作を超えた」と語った原作者・吉田修一のコメントが、SNSやレビューサイトでも注目された。
まとめ|“芸術”とは何か、“生きる”とは何か
『国宝』は、ただの芸道映画ではありません。
それは、“何かを極める”とはどういうことか、そしてその先にある「自我の崩壊」や「生の虚しさ」をも問いかける哲学的な作品です。
喜久雄の人生は、美しさと破滅が表裏一体であることを突きつけます。
観客は彼の姿を通して、「自分が生きている意味は何か」「何のために努力するのか」と、深い問いを突きつけられることになるでしょう。
すべてを捧げたからこそ到達できる美しさ、そしてその代償としての孤独。
本作は、そうした人間の極限を静かに、美しく、そして容赦なく描ききった傑作です。